リサイタルへの誘(いざない) 〜8/18〜

前半最後の作曲家もベル・カント作品の大家、ドニゼッティです。

 

 

イタリア北部のベルガモで生まれたガエターノ・ドニゼッティ(1797〜1848年)は多作で知られ、50年余りの生涯でなんと70作品(!)ものオペラを書いています。一曲が数分程度の歌曲と異なり、一作品で平均2時間以上もあるオペラをこれだけ多く作曲した才能はもちろん、楽譜に音符を書く速さもきっと凄かったことと想像します。(もちろんオーケストラの楽譜も当時は全て”手書き”、しかも羽ペンの時代ですから、毎回インクを付けて書き進める手間と言ったら…信じられませんね!)

 

 

歌曲や室内楽の作品も多く残していて、この『舟人 Il barcaiolo』は1836年に出版された「ポジリポの夏の夜 Nuit d’été à Pausilippe」(ポジリポはナポリ近郊の地名。海と夜景が美しい。)という室内歌曲集に収録されています。前年に先輩ロッシーニが出版した同類の歌曲集「音楽の夜会」(リサイタル3曲目の『饗宴』のブログに関連文章があります。)に刺激を受けたとも言われ、ヨーロッパの楽壇に認められるために我も続けとばかりに、当時ようやく評価を高めつつあった頃のドニゼッティはかなり意気込んで作曲したのではないでしょうか。(歌曲集なのでオペラ創作の熱量ほどではなかったかもしれませんが。)

 

 

曲は舟を漕ぐ様子を描写した三連符の伴奏を基調に、初めは穏やかに心地良く、一転して中間部では嵐の訪れが荒々しく表現され、しかし過ぎ去った後はまた元の穏やかな曲想で締め括られています。いくつかの短いアジリタ部分や、力強い高音の伸ばしなどが歌い甲斐のある曲ですが、これまで公のコンサートでは披露したことが無かったので今回歌うことが叶って嬉しいです!

 

 

この曲は元々とある婦人に捧げられているのですが(歌詞も女性が一人称)、テノールの大スター、ルチアーノ・パヴァロッティ Luciano Pavarottiがよく好んで歌っていて、リサイタルでももちろんですが、オーケストラ伴奏に編曲して大会場での大掛かりなコンサートでも歌ったり、CD(レコード)やDVD作品に収録したりしています。逆に言うとパヴァロッティ以外でこの曲を歌っている世界的なテノールの録音資料が見つけられず(YouTubeでも!)、ほぼほぼパヴァロッティの”専売特許”的な曲と言えるかもしれません(笑)。こうした特定の歌手だけのお気に入りとなっている曲には興味深いものがあって、若い時によくレッスンしてもらったのかな?とか、何か個人的な思い入れがあるのかな?などと(自分にとっては「瀬戸の花嫁」がそうでしょうか。)想像を膨らませるのも歌の勉強の楽しさですね。

 

 

と言うわけでこの曲を選んだ理由は、自分が歌の世界を知って最初に好きになったテノール歌手パヴァロッティへのオマージュです。ちょうど留学中の2007年に亡くなってしまい、イタリアのテレビでそのニュースや葬儀の様子などを見て、あらためてこの偉大なテノール歌手の影響力は祖国にも世界にも本当に大きなものだったんだなと実感したことを覚えています。「パヴァロッティの”喉”が愛したドニゼッティ」の歌曲が、会場で聴いてくれた人の心に残ってもらえたら幸せです。

 

 

 

(歌詞)

漕いでおくれ、漕いでおくれ、風は静か、

波は清らかで、空は澄み、

ただ平和な息吹きだけが

空と海の陽気さの様に見えるのです。

 

漕いでおくれ、漕いでおくれ、おお舟人よ。

 

こんなにも柔らかな時間の中で

今すべてが私たちに微笑みかけています、

私は幸福の陶酔に魂を投げ出したいのです。

 

もし嵐が猛り狂い、

私たち二人を死に引きずり込もうとしても、

私の運命は幸せであるでしょう、

私はあなたのそばで死んでしまいたいのです。

 

漕いでおくれ、漕いでおくれ、おお舟人よ。

 

 

 

 

(※写真右上:作曲家ドニゼッティ。  右下:43歳頃のパヴァロッティがドイツのTV番組のリサイタルで『舟人』を歌った時の映像。既にこの頃から、左手に白いハンカチを垂れ下げて持つお馴染みのスタイルですね。)