「先生」への感謝~2つの演奏会に向けて~ ②

続いて来週31日(木)は、声楽の恩師・中島基晴先生の門下生によるコンサートに出演します。

 

中島先生は私にとって、3年間のイタリア留学時代を除けば唯一の声楽の先生であり、自分をオペラの道へ導いて下さった人生の恩師でもあります。

 

 

トランペット奏者を目指して大学入試をトライしながらもうまくいかず、浪人もしていよいよニ次募集で仕方なく妥協した形で、音楽教育科で名古屋芸術大学に願書を出し、慌てて3月に入ってから付け焼刃の発音で”Caro mio ben”を歌って受験した時の入学試験監督が中島先生でした。

 

入学後もしばらくはトランペットの勉強ばかりしていましたが、必修授業で受ける毎週20分間(専攻生の声楽科45分の半分)の声楽のレッスンで、目の前でものすごい声で歌われる中島先生に否応なしに心を奪われてしまいました(笑)。普通の声楽の学生のように「あの曲がいつか歌いたい」とか「誰々のような歌手が好き」といった夢や憧れも無いまま、当初はただただ、「中島先生の声(発声)は一体どうなってるのだろう??」という疑問や好奇心だけで心を動かされていたように思います。

 

 

失礼ながら、歌の世界にあって決して大柄ではない先生の体から、しかし「迸る(ほとばしる)」という言葉が最適な、その胸を打つ素晴らしいお声が、同じく小柄で痩せていことがコンプレックスだった自分にどれほどの勇気と可能性を感じさせて下さったことでしょう。(当時は、体の大きい人が声楽をやるものだと勘違いしていましたね。180cmを超えるパヴァロッティやドミンゴはもちろん、デル・モナコやカレーラスも身長はともかく、その分厚い胸板や首周りを見て、自分の行く世界だとはとても思えませんでした……当時は自分の体重は47kgとかだったと思います、50kgは無かったですね。)

 

 

専攻生でもない自分に決して手を抜かず、先生自ら常に最高の声を出してレッスンして下さったことの偉大さ、素晴らしさ(声を浪費するので、専攻生のレッスン以外ではむやみには声を出さない声楽教師が多いと思いますし、それが普通でむしろ正しいとも思いますが。)、なによりも歌への情熱が、素人の私でさえ分かるぐらい感動的だったのです。

 

 

そのお人柄、独特の話しぶり、イタリアオペラやテノールへの傾倒を包み隠さずまるで夢見る少年のように語られる先生にみるみる引き込まれていきました。「仕事になるから、色んな音楽を勉強した方がいいよ」とか「発声はテノールもソプラノも他の声種も一緒だよ」とアドバイスをくれる先生、先輩が多い中、「今は色々やると発声が崩れやすいから、日本歌曲とかドイツリートは気を付けろ」とか、「テノールの高音は別物だからな~」などと、ニコニコとした表情ながらも本質を伝えて下さっていたことに、いま自分が学生を教える立場になってから今まで以上に感謝しています。

 

 

気が付けば先生が用意した転科(音楽教育科から声楽科へ移動すること。試験有り。)の書類にハンコを押し、勧められるがままに(「お前は歌をやるんだよ」と当たり前のように言われましたね)声楽の道を歩き始めました。あれだけ練習していたトランペットもケースに仕舞い込み、それまでの「自分がやりたいことをやる人生」に固執するのでなく、「周りから勧められる人生」もあるのかな、と当時の自分の意固地な性格にも大きな変化を与えて下さいました。

 

これは今でも、例えば本当はPUCCINIなどのロマン派の音楽が好きでも、今の自分の声に合って技術も生かせるROSSINIなどの「ベルカントもの」をレパートリーの中心に置くというセルフ・プロデュースの方向性を、100%自分に納得させるために大変重要な要素となっています。(やりたい曲、好きな作品に固執し過ぎて声に合わないレパートリーを歌って喉を痛めたり、周りから思うような評価を得られないで常にストレスを抱えている歌手は日本でも世界中でもとても多いのです。)

 

 

 

オペラ界では特にテノールの名教師としてご高名な中島先生ですが、今回のコンサートにもその薫陶を受けた素晴らしい門下生の方々(年上の先輩たちが多く出演されます。)がその声と腕前を披露して下さいます。やはり特にテノールは豪華絢爛かつ支離滅裂(??私のような軽い声から太い声まで様々という意味ですよ!)、楽しいコンサートになること間違いありません!!

 

 

先生への感謝をこめて歌います。どうぞお楽しみに!!!

 

(※写真は2011年の東日本大震災チャリティーコンサート終演後。今回と同じ名古屋の電気文化会館ホールにて。)