共演者さんの紹介⑥

共演者さん紹介シリーズのオオトリはもちろん本作品の主役、アミーナ嬢です!(拍手!!)

オペラ関係者ならご存じの通り、本作『夢遊病の女』は紛れもない”プリマドンナオペラ”と呼ばれるカテゴリーのオペラです。他には”アルミーダ””ノルマ””ルチーア”などいわゆる「ベルカントもの」と呼ばれる分野に多く見られますが、最も分かりやすい作品としてはやはりVERDIの”椿姫”(ヴィオレッタ役)でしょうか。主役ソプラノの出番(歌唱部分)の多さ、あるいは全幕通して常にストーリーの中心にいるという意味において言えば、”トスカ”や”蝶々夫人”もプリマドンナオペラと評されることもあるようですね。

 

その定義を凝縮して思いっきり簡単に行ってしまえば、「他の役に比べて主役ソプラノの比重が圧倒的に多い」という捉え方もできるように思います(個人的見解ですが)。

 

 

かつては作曲者の目の前でG.パスタやM.マリブランが歌い、”スウェーデンの鶯”ことJ.リンドがそれを継承し、音源として現存するものではM.カラスの歴史的名演(それはこの作品の長い”空白の時代=上演されなかった年月”を経た末の復活上演でもあったそうです)を筆頭にあまたの”プリマドンナ”が演じてきたことでしょう。

 

そして今回の藤原歌劇団公演でアミーナ役を演じる光岡暁恵Mitsuoka Akieさんも藤原のプリマドンナのおひとりです(前回の同団公演「ルチーア」での主演に続き2作品連続で主役を務められます)。

 

 

 

アミーナのキャラクターは本当にシンプルで、一貫して”純愛”そのもの、一種の「理想像」としての恋する若い娘の性格を体現して見せてくれます。

 

純真、無垢、しおらしさ、いじらしさ、儚(はかな)さ……リハーサルを重ねて全体像が浮かび上がるごとに、アミーナの「白さ」が際立ってくるように見えてきます。

 

アレッスィオ(シリーズ第4回参照)を除く全出演者(合唱も含む)の中で、最初から最後まで「一つの感情=恋人エルヴィーノへの愛」だけをひたすらに、ひたむきに、ときに愚直なまでに表現し続ける人こそアミーナなのではないでしょうか。

 

多くのオペラではたいてい、こうした性格の役の場合はその愛への実直さをよりドラマティックに表わすために(それは舞台芸能としてのオペラの宿命でもあるかも)、何か大きなリスクを伴う「行動」を伴うものです。

 

『トスカ』における殺人、『椿姫』におけるヴィオレッタの裏切り、『カルメン』のミカエラは山賊の巣くう岩場まで危険を顧みず恋人を追ってくるし、『フィガロの結婚』の伯爵夫人はご主人を罠にはめるゲーム(スザンナとの衣装交換)に参加します。

 

一方アミーナは何も「行動」しません。誤解を生む原因も、命に関わる”橋渡りのシーン”も、いずれもあくまでも夢遊病という「病気」が理由です。

 

恋人から罵倒され失神した時も、ミカエラのように自分からあえて弁解のために会いに行ったのではなく、たまたま側をエルヴィーノが通りがかった故に遭遇した結果に過ぎません。

 

さらに言えば、『蝶々夫人』でのケート役や『カヴァッレリーア・ルスティカーナ』のローラ役のように、恋人にとっての”もう一人の女性”としてリーザは存在してはいるものの、アミーナ自身がその”決定的場面”を見ることはありません(『夢遊病の女』ではそのシーンの最中はアミーナは眠っています)。

 

 

 

こうして彼女の性格や状況を認識すると、一見ドラマツルギーとして、人物として”物足りない”と感じる人がいても不思議は無いのかもしれませんね。もしかしたら1800年代後半から1900年代前半において上演回数が激減したのは、当時のロマン派音楽最盛期においてはその部分が一因なのかもしれません(これも個人的見解!)。

 

 

しかし、『夢遊病の女』は間違いなく甦ったのです。

 

 

ドラマ的にも人物描写的にもある種の”弱さ”も認められるこの役が名作として歴史に残る理由は……

 

 

 

「歌」そのものの魅力、だと思います。

 

 

 

彼女の歌うすべてのフレーズ、すべてのパッセージから感じられる抗(あらが)いようのない魅力。BELLINI特有の、高貴で甘美なメロディーと常に同居するあの”焦燥感”は、同じベルカントオペラを代表するDONIZETTIとの違いを説明する上でも大切なキーワードかもしれません。

 

 

歌の素晴らしさ、歌の表現力。歌、歌、そして歌。

 

 

 

ROSSINIが「イタリア・ベルカントは死んだ」と手紙に書いたのは『夢遊病の女』が世に出て数十年後。時はすでにロマン派全盛になり、彼自身はオペラの筆を断ち、懐かしき良き時代を懐古しては嘆くその胸に去来する音楽の中に、きっとアミーナのフレーズも含まれていたことだろうと、希望的観測ながら勝手に想像して楽しんでします。(ちなみに、BELLINIのお墓には数ある作品の中からアミーナのアリアの一節だけが刻印されています。)

 

 

BELLINIによってプリマドンナのために書かれた珠玉の歌唱が、こうした素晴らしいカンパニーの中で毎日リハーサルで聴ける機会に巡り合えたことは本当に幸せです。

 

9/9は光岡さんの歌うアミーナ。共演者としてよりも「いちオペラファン」として、より多くの皆さんにその素晴らしい歌を聴いて頂けたら嬉しく思います。(もちろん、両日のアミーナが聴ける方はさらに幸せなことでしょうね!!)

 

 

 

[追記]

シリーズ第2回でご紹介した、リーザ役の納富景子さんの漢字を間違って表記していました。お詫びして(今日ご本人にお詫びしました!汗!!)訂正致します。

またトップページ右側の『夢遊病の女』枠内の曜日が間違えていたのでこちらも訂正しました。正しくは[9/9(日)]です。お詫び申し上げます。